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Pepper Adams "10 to 4 at the 5 Spot"

 通勤中の電車で、村上春樹の短編集を読んでいた。その中の『偶然の旅人』という作品には、著者自身が体験した「不思議な出来事」について書かれている。

 春樹氏がボストンの中古レコード店で、ペパー・アダムズの『10 to 4 at the 5 Spot』のオリジナル盤を購入し、店を出ようとしたところ、すれちがいに入ってきた若い男に「Hey, you have the time?(今何時?)」と聞かれ、時計に目をやり、機械的に答えた。「Yeah, it's 10 to 4」

 ジャズの神様が「よう、楽しんでいるかい?(Yo, you dig it?)」と、言っているようだったと。

 あまりにも素敵な話だったので、仕事帰りに新宿のディスクユニオンに寄ってみた。

『10 to 4 at the 5 Spot』は、ジャズ・レーベルの名門リバーサイドからリリースされている。だけどペパー・アダムズは、それほど知られたミュージシャンではない。あまり期待せずにエサ箱をあさり始めた。まずはリバーサイドのエサ箱。ストン・ストン・ストン・・・無い。次に"Pepper Adams"のインデックス・プレートを探す・・・無い、当たり前だ。最後の望み"Baritone Sax"のインデックス・プレートをあたる。バリトン・サックスは、テナーやアルトと比べればマイナー楽器だ。見れば10枚程しかない・・・。ストン、ストン‼あった‼『10 to 4 at the 5 Spot』。正直、ドキッとした。値段も580円也。もちろんオリジナル盤ではなかったけど、US盤で盤質も上クラス。春樹氏ほどの体験ではないにしても、ジャズの神様がウィンクしてくれた。

 僕は1969年生まれで、1982年頃から音楽を聴き始めたので、ぎりぎり最後のアナログ世代と言える。最近のアナログ回顧ブームもあって、僕もぼちぼちとシングル盤を中心に購入していた。もちろんジャズのアナログ盤もチェックしていたのだけど、ほとんどCDで持っているし、アナログ盤蒐集の《テーマ》が定まっていなかった。

 だけど、ジャズの神様が教えてくれた。「村上春樹のジャズを聴け!」。僕は村上フリークでもあるので正当なテーマと言える。当面は春樹氏のジャズについて書かれた作品を中心に、価格は1,000円以下で蒐集を始める。価格の上限を決めてコレクションするのも、春樹氏のルールに倣った(もちろん上限値は違うけど)。これからの人生が、また一つ豊かになった。